ママは毎日反省

幼稚園児を育てる30代母。日本海側県在住。毎日息子とのコミュニケーションに四苦八苦。息子とのこと、子連れスポット、絵本について書いてます。

過剰な期待なのか

前回の記事から大分間があきました。
もうすぐクリスマス→年末→お正月ですね。

子供って、なぜ同じことを何度も言われてもそれを理解し、行動に移せないのか

ということをこのところずっと考えています。
園から帰ってきたら制服の上着を脱ぎ、帽子とともに衣紋掛けにかける、リュックから三点セットなどを出す、をしようねと約束しているのですが、一向に自分からする気配がありません。
ホワイトボードに「することリスト」を作りましたが、いつの間にか形骸化し見向きもしなくなりました。

園から帰ってきたらすることは、去年の今頃から初めていますが、未だに帰ってくると制服を脱ぎ捨てて遊び始めます。
私が声をかけなければ制服はそのまま、リュックもそのままです。

もともと、やらなくてはいけないことや決まりごとを1度伝えてもわかってくれず、何度も何度も何度も言ってようやく…という性格ではあります。
でも、その「何度も言う」が本当に何度もすぎてこちらもうんざりしてしまうのです。
例えば、トイレのふたは用をたしおわったら閉めるんだよということも、おそらく1000回くらい言ってようやくするようになりました。

赤ちゃんの頃から手がかかり本当に悩まされてきて、何か一つでも取り柄があるのでは?と思っていましたが、それは私の勝手な期待なのでしょうか?
お腹にいたとき切迫早産になり、辛い妊婦生活を送り、ようやく産まれたと思ったら寝ない・飲まない・癇癪・激しい動き・情緒不安定などさまざまなことがありました。
周りはこんなに大変じゃないのになぜ?と何度思ったことか。
妊娠中大変だったぶん、産んだ後は笑顔で過ごせるのかなと思いきや、全く違いました。
どうしてこの子はこんなに私を苦しめるのだろう?なぜこんなに困らせるのだろう?と何度も思いました。
そして、そんな風に思う自分が悪い母親なんだと責めました。
私には、母親の資格がない、むいていないと今も思っています。

苦しんだ先に何があるのでしょう?
何か素晴らしいものがあるのか?…ないのでしょう。

子供を、人間を育てるのは本当に大変なことだと改めて感じています。

このブログを読んで何か感じたり、思うことがあれば(なくても)コメントいただけたらうれしいです。
一方通行でなく、繋がりたいです。

夜泣き? 5歳

おはようございます。
クリグリコです。

連休明けから子供の体調が芳しくなく、そこから毎日のように夜泣き?が続いています。
赤ちゃんの頃もなかなかまとまって寝られない子だったので、体調不良から来る不安?かと思ったり、なにかストレスがあるのかなと心配しています。

「夜泣きの状況」

◯だいたい寝てから1から2時間以内に最初の夜泣き

◯添い寝をしたり抱っこをして落ち着かせ、30分ほどて眠りにつく

◯しばらくするとまた赤ちゃんのようにふにゃふにゃ泣き出す

◯添い寝

◯落ち着いてしばらく寝る

◯11時頃から1時間以上ふにゃふにゃ泣き続ける

◯落ちつくと朝まで寝る

これを月曜から昨日の夜まで繰り返しています。
最初は私も付き合えるのですが、11時過ぎからのにはなかなか付き合いきれず。
半分眠りの世界に入りながら背中をさすっています。

夜泣きが始まる前は半月くらいずっと激しい歯軋りをしていました。
園で何か嫌なことや我慢していることがあるのかな?と思い本人に聞いてみると、園は楽しい!とのこと。
多少お友だちと喧嘩をしたり気持ちがうまく伝わらなかったりということはありつつ、子供同士で解決しているようです。

月曜日からはずっと情緒不安定で、何もないのに泣き出したり、昨日は夕方1時間ほど泣き続けていました。
泣くことで名にかを発散しているのかなと思い、抱っこをしているのですが1時間啼き続けられるとこちらも辛く、ついつい何かあったのか・どうしたのかと詰問してしまいまた泣いてしまうの繰り返しになってしまいました。

落ち着いてからわけを聞いても「泣きたかった。悲しかった」とだけ言い、直接的な理由がわからずしまいです。

また、「ずっと生きていられる?」「心臓うごいているかな?」など、頻繁に聞いてきて心臓については直接肌の上からその部分に触れて確認することを求めてきます。
そして、絵本を触った手で目をかいてもいいか、や机の上にこぼれたお菓子を食べても大丈夫かをしきりに聞いてきます。
あまりにしつこく聞いてくるので、こちらも気持ち的にまいってしまいます。

あまり深く考えず、こどもをただギュッと抱き締めていればいいのか、それとも気になる要素について原因を探った方がいいのか、迷っています。

夫への苛立ち

こんにちは。くりぐりこです。
夏のように暑いですね。
私の頭もかっかッカッカしています。

子供の七五三のとき、互いの両親を呼んでお食事会をしましたか?

我が家はなにかと私の両親が夫両親のことを大事にしろ、立てろ、等というため節目節目に食事会を開いてきました(すべて私が幹事。)

子供が生まれてからずっと、私の両親には本当にたくさんお世話になり助けてもらってきたので、お礼もかねて今回の七五三詣りの後、食事をしたいなと考えていました。
もともと、七五三は私たちのみで行うつもりだったのですが、母が私に着物を着てほしいといい、父がカメラを趣味にしていることから写真を撮ってもらおうということになり、そのお礼もしつつということでの食事を、というつもりでした。

しかし、夫両親を呼ばないのは失礼なのでは?と私の両親に説得され、結局呼ぶことに。

夫両親は、子供が生まれてから何もしてくれていません。
何もというには語弊があるかもしれませんが・・・。
子供のおむつを換えてくれたことは1度だけ、だっこもほぼなし。
子供の面倒を見てくれたことはなし。
子供の着替えや食事を手伝ってくれたこと、なし。
義理実家に遊びにいっても「見てるから二人でたまには買い物してきたら?」などなし。(私たちはど田舎に住んでおり、義理実家周辺には大きなショッピングセンターあり)たまに行ったときくらい、いつもは買えないものを買いに行きたかった。
たとえショッピングセンターに一緒に行っても、子供をみててくれることはなく、私がきっずスペースでこどもを見る。
そうすれば、私は買い物ができないですよね・・・。
たまに行くだけなのに、義理両親だけで子供を見ることは今までで一度すらないってびっくりです。

私の両親は私が体調を崩したり育児ノイローゼぎみだったときは、子供を連れ出し公園や水族館に連れていってくれました。
たくさんのことをしてくれて、子供もそれを覚えています。
義理両親は自分の娘の子たちが小さい頃は毎週のように預かり、あちこちへ連れていっていたようです。
そっちにしていたことを、悪びれもなく私に話し、そして私の子にはしてくれないことにイライラモヤモヤします。

そんな色んなことがあるため、今回は義理両親に食事会を辞退してほしかったのですが、嬉々として来るそうです。
なにもしないのに、行事に我が物顔で参加し、当然のように私や私の両親に気を遣わせる義理両親に不信感も不満もありありです。

そして、こんなにも私の両親に世話になっているのに夫はそれに対して相応のお礼をしてくれません。
金品を送れとかじゃないのです。
気持ちを見せてほしいのに、してくれない。
こんなにも夫両親をたて、大事にしてくれている私の親に対しての誠意がない夫に腹立たしくて腹立たしくて。

七五三のお食事会、したくないです。

パパ友ーパパの仕事以外の友達についてー

こんにちは。クリグリコです。
三連休の真ん中、今日は秋晴れでしたね。

さて。先日夫が「仕事場以外の人と話していない」と言い、確かに仕事場以外の交遊関係はほぼ皆無だなと感じました。

母親は子供を通じて子供のママさんや近所の方と話す機会はありますが、パパってなかなかそういった機会がないですよね。

世のパパさんたちは、仕事場以外の人と話したり交流することってあるのでしょうか?
例えば、町内会や自治体など繋がりが深い地域なら班長などで地域の方と接する機会があるかと思います。
でも、それがない場合、どうやってパパは交遊をひろげるのでしょう?

みなさんは、どうやってパパ友や友達を作っていますか?

読書の秋 ~心を解き放つ~

こんにちは。クリグリコです。

このところ子育てに関する書籍を何冊か読んでいます。

そこで知ったのが「抱っこ法」という子育て方法です。

子供の心、そして母親の心を抱きしめることでため込んでいたもの我慢していたことを涙を流すことで解放するといった子育て方法です。(少しニュアンスが違うかもしれませんが、本を読んで私が感じたことはこうでした)

 

先日のブログでも書きましたが、子供が体調を崩してから「ぎゅして」とい回数が増え、求めに応じてぎゅを繰り返していたところ子供も私も落ち着いてきたように思います。

抱きしめることで心が通じているような感じがするのです。

今までも、甘えん坊の子供をむぎゅむぎゅしていましたが、回数が倍になったような気がします。

それとともに、パパにあまりくっつかなかった子供がパパがぎゅ~とくっついても嫌がらないようになってきました。

 

今、以下の二冊を読んでいるのですが、「なるほど」「そうだったのか」という気づきがとても多いです。

・心を抱きしめると子育てが変わる 萩原光

心を抱きしめると子育てが変わる

・子どもの「泣く理由」がわかる本 安部秀雄著

子どもの「泣く理由」がわかる本―泣く力・甘える力を伸ばせば、必ずしあわせに育つ

どちらの本も「もっと早く読みたかった!!」と思いました。

でも、今だからこそ落ち着いて「そうだね。そうだったんだ」と感じることができたのかなとも思います。

私は子供の泣き声がどうにも苦手で、泣かれると私自身を責められているような気持になっていました。

新生児の頃からよく泣く子で、どうしたら泣き止むんだろう?ということばかり考えていました。

泣かせることがいけないことだとも思っていたので、少しでも泣こうものなら必死に泣き止ませようとしていました。

でも、思えば泣くことでいろいろな気持ちを発散していたのかもしれません。

1歳過ぎから癇癪が出始め、泣きだすと平気で1時間は泣き続けていました。

今思えば、子供なりの理由があり泣くことで私にわかってほしいと発信していたのかもしれません。

泣いた後はケロッとして、「え?泣いてたっけ?平気だよ~」という風にニコニコしていたことも思い出します。

幼稚園に入園したての頃は、行くのを嫌がり車に乗せるもの一苦労でした。

まるで虐待しているみたいだなと思いながら送り、迎えに行くと帰りの車の中でまた激しく泣いていました。

振り返ってみると、ただギュッと抱きしめて安心したかったんだろうなと思います。

私自身、せっかちで早く早くと動くタイプで、かつ先々のスケジュールを頭の中で組み立ててその通りに動かないと気がすみません。

そのため、泣かれるとスケジュールが崩れてしまうし、イライラしてしまうし…と悪循環でした。

子供がまだ乳飲み子だった頃、夜まとめて寝てくれないことに悩み、車で1時間ほどの場所で開催されていた助産師相談に行きました。

寝てくれないことがとてもつらいこと、私自身がずっと寝不足で参っていることを話し、断乳について相談しました。

すると助産師さんは一言「もっと子供のことをよく見てあげたらいいのに」と言ったのです。

その時私は、なんてひどい助産師さんなんだろう私がこんなに悩んでいるのにと思ったのですが、今あらためて考えてみると「子供が母乳を欲しているかどうか」と見極め、夜中に何度も目が覚めたときは「大丈夫だよ」とただぎゅっと抱きしめるだけでよかったのかなと感じます。

自分が渦中にあるとなかなか客観的に見ることができず、大変なことばかりに目がいってしまいますが、そうじゃないんですよね。

母乳を必要とするのも、そんなに長い間じゃないんだから自然に任せて子供がほしがらなくなるまであげればよかったのかな…。

夜中に泣くのも、何か不安があったからなのかな…。

ただ、あの頃は本当に余裕がなくて子供のことを見ながら自分のことばかりを考えていたように思います。

 

今、2冊の本に出会い少しずつ心を解き放つことができてきているように思います。

本の中に「幸せはいまここにある。未来にはない。今ここにある幸せに気づこう」といったことが書いてあります。

子供と遊びながら「洗濯物たたまなくちゃ」「夕ご飯作らないと」など考えるのではなく、遊ぶときは自分も子供に戻った気持ちで遊ぶ。

出かけたい時間に間に合わなかったが、でもそのおかげでスーパーのタイムセールに遭遇した。

日常の中の少しの出来事を幸せに感じることができたら、心にも余裕ができますよね。

実際に私も今日やってみました。

スーパーからの帰り道に、いつもひっかかる信号機があります。毎回ここで止まるんだよなと思っていたら、なんと青信号!その次の信号も青でスムーズに帰ってこられました。

ほんのちょっとしたことですが、すごくうれしくて幸せで、帰ってきてからの家事がはかどりました。

 

少しずつ、少しずつ。

心に余裕をもって子供とニコニコ笑顔で接していきたいです。

 

 

 

ちょっと一服

こんにちは。クリグリコです。
本日二回目のブログです。

ドコモのプレミアムクラブのクーポンで、TULLY'S COFFEEのショートサイズが当選したため、気分転換に来てみました。

今日は紅茶の気分だったため、「水だしアイスティー」を選択しました。
店員さんがあたたかく、優しい笑顔でとてもうれしい気持ちになりました。

TULLY'S COFFEEって、アイスもあるのですね(*^^*)
今度子供との特別な時に来てみようかと思いました。

水だしアイスティーに無料のハチミツを加えたら、まろやかな甘味と適度な渋味がベストマッチでした。

#水だしアイスティー
#TULLY'S COFFEE
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アルバムを見て、うずいた心

こんにちは。クリグリコです。
昨日に引き続き、私がすんでいる場所は秋晴れで心地よいです。
裏のお家のお庭から金木犀のやさしい香りが流れてきて、あぁ秋だなぁと感じています。

先日から体調を崩していた子供は、今日から元気に園へ行きました。
休んでいた間、いつもより多く抱き締めたりむぎゅっとする回数も時間も増えました。
そのことで、私も子供も気持ちが通い、良い感じで過ごせています。
言葉を交わさなくとも抱き締めたあたたかさで感じるものはたくさんあるなぁとあらためて思っています。

さて、昨日、子供と一緒に昔からのアルバム(といってもフォトアルバムです)を見返しました。
なん十冊もあるアルバムを一枚一枚めくりながら、あそこに行ったねここに行ったね、あんなことがあったねと話しました。
思い返せば子供との思い出はほぼ、今住んでいる場所ではなく以前住んでいた少し(かなり?)田舎の場所でのものです。
園に入るまで約3年9ヶ月を日々毎日一緒に積み重ねてきました。
子育て支援センターに毎日のようにいったり、天気の良い日はお散歩をしたり、近所で泥遊びをしたり、車で公園に行ったり。
思い返すとどれもかけがえのない思い出で、かけがえのない日々です。
あの頃は子供のことで迷うことばかりで、辛く悲しく自分を、そして子供を責めていました。
どうして?なんで?どうしたら?どうしよう?ばかりで、答えなんてないのに答えばかりを求めていました。
アルバムをめくりながら、その日々の記憶がよみがえり、苦しいような懐かしいような不思議な気持ちになりました。
以前住んでいた場所は、ほとんどが未満児で保育園に預けて働くママさんで、公園に行っても、子育て支援センターに行っても、ママさんが子供を連れているよりもおじいちゃん・おばあちゃんが子供を連れていることが多かったです。
そんななか、なかなか子供のことを話せる人もおらず、かといって約束をして遊ぶような人もいなかったため、本当に子供と一対一で過ごしていました。
行く場所も限られていましたし、閉鎖的な雰囲気に何度も気持ちがふさいだことを覚えています。

私の子供は良くいえば元気がいい、はっきりいってしまえば落ち着きがなく目立つ行動が多かったため、子育て支援センターの常連さんたちにも「ああ、◯◯くんね。ママは大変ね」という風に思われていました。
目が離せないためママ同士の世間話もできませんでしたし、申し訳なさすぎて公園などに一緒に行こうと誘うこともできませんでした。

今は子供もだいぶおちつき、集団行動もできますしお友だちとのやりとりも上手にできてきています。
最初からずっとこの場所で子育てができていたら、違っていたことがたくさんあるのでは?とも思いますが、あの頃があったからこそ今の子供や私がいるんだ、と納得しています。

今の場所に来てから、頑なに以前住んでいた場所へ行きたがらなかった子供が、アルバムを見たからなのか「またこの公園に行きたいね」などと言うようになりました。
雪が降る前に、お弁当を持ってあの公園に行きたいねと話しました。

まだ、思い出すと心の奥がうずいて自然と涙がこぼれるのですが、成長した子供と訪れて、「この場所で過ごした日々は宝物だね」と笑い合えたらいいなと思います。